本コンテンツでは、現在・過去に限らず、NES将棋部に関わるコラムを掲載していきます。
第2回目は平成17年2月19日に開催された
渡辺氏執筆の棋神戦レポート
<大波乱の第十三期棋神戦>です。
------2012/12/12掲載----------------------------------------
井上棋神奇跡のタイトル防衛!しかし、緊急役員会召集の異常事態
−大波乱の第十三期棋神戦−
前代未聞の出来事が起こった。「ハプニング」?「春の珍事」?これをなんと
表現したら良いのだろう?
朝から小雪まじりの冷たい雨の2005年2月19日。第十三期棋神戦は
NEC基金会館で開催された。対局場は従来の「桜の間」ではなく「竹の間」。
「桜の間」とは対称のレイアウトでいつもとは違った雰囲気のなかの棋神戦とな
った。
今期の棋神戦挑戦者決定リーグ戦は、四枚落ちまである過激な駒落ち戦の
ため波乱が予想されたが、予想に違わない大混戦となった。
そして、最後の最後に誰もが予想し得なかった事件は起こった。
(0)対局開始直前
「棋神がリーグ戦で全勝だったらどうなるの?」と井上棋神。
「はいっ。その場合は、タイトルマッチなしで、棋神のタイトル防衛です。過去
3回亀井君がやってます」(宮内氏)。
満足そうに、うなづく棋神。全勝での手っ取り早いタイトル防衛を狙っているの
だろう。
山崎氏・渡辺は率先して盤駒時計座布団の準備。
9時50分、寺山氏から連絡「今、新宿駅。よろしく頼む」。
相野氏は、会費の集金、昼食の注文取り、競馬ゲームの集計などで大忙しだ。
「10時ジャストに対局開始、時計を動かしてください」(宮内氏)。
「よろしく頼む、と言っているから、寺山さんの対局は少し遅らせよう」(井上氏)。
本田氏は皆から離れ、物思いにふけっている感じ。孤高の人・A級本田。
勝馬投票券(棋士番連勝単式)の投票状況は次の通りだった。
投票総数45票。
・一番人気(相野−井上) 6.3倍
・二番人気(渡辺−相野) 10.5倍
三番人気以降は票がわれ、的中すればどの組合せも20倍以上の高倍率だった。
(1)挑戦者決定リーグ戦
■第1回戦(順当なスタート)
10時。遅刻連絡の寺山VS山崎戦を除いて対局開始。10時15分過ぎ、寺山VS
山崎戦開始。
静かに音楽が流れる中、時折聞こえる鋭い駒音のみがその静寂を破っていた。
サザンカに 祈りをこめて 7六歩
静かな緊張感。部員の句を思い出させる良い雰囲気だ。
1回戦の結果。A級本田氏はエンジンが掛からなかったのか、はたまたエンジンが
まだ暖かくなっていなかったのか三宅氏に敗退。
「どっからでも来い!」宮内氏の声。井上棋神は熱戦の末宮内氏に敗退。
山崎氏は本人曰く「悪い癖」が出て寺山氏に時間切れ負け。
渡辺は相野氏に力負け。
現棋神・井上氏が開始早々に敗れると言う波乱(波乱じゃないよ(宮内))があったが、
B級の4氏がその実力を遺憾なく発揮して勝利を収め、まずは順当なスタートであった。
■第2回戦(波乱の幕開き)
11時過ぎ、準備の整ったところから順次対局開始。波乱が連続して発生。
しかし、これは後に起こる大波乱の幕開きにしか過ぎなかった。
波乱の第1は三宅VS山崎戦。三宅氏まさかの2歩で「あっ」との言葉で敗退。
第2の波乱は第1の波乱の直後、宮内VS渡辺戦で発生。今度は宮内氏が何かに憑
かれたように2歩で敗退。宮内氏曰く「銀2枚、桂1枚をただ取り。圧勝だったのに・・・」。
第3の波乱は本田VS井上戦。井上棋神連敗。本田氏のエンジンが掛かった。
寺山VS相野戦は寺山氏勝利。「相野君には今年度負けていないハズ。たしか、5−0
だったか」と寺山氏。
この時点ですでに連勝は寺山氏のみ。寺山氏曰く「新棋神が見えてきた」。
■第3回戦(波に乗る寺山氏)
13時開始。
寺山VS宮内戦。▲7六歩、△8四歩、▲5六歩、次の4手目に寺山氏長考。「参っちゃう
よ、雲助将棋には・・・」。しかし、波に乗る寺山氏、ギリギリの寄せ合いを制して3連勝。
本田VS山崎戦。本田氏の貫録勝ち。三宅VS相野戦。三宅氏166手の熱戦を制す。
井上VS渡辺戦。渡辺まさかの勝利。「ウォー」「勝った!」顔を真っ赤にした渡辺の叫び
声。対B級2連勝がよっぽど嬉しかったのだろう。人生最良の日か。ふだん物静かな渡辺
のハシャギぶりに皆ビックリ。
寺山氏、二日酔いもものともせず3連勝。この人なぜか二日酔いの時が強い。井上棋神ま
さかの3連敗。
■第4回戦(連勝寺山氏痛恨の2歩)
14時時過ぎに開始。
本田VS寺山戦。好調寺山氏の2歩、痛い1敗。三宅VS井上戦。井上棋神「そうまでして
勝ちたいのか」の絶叫空しく三宅氏勝利。宮内VS相野戦。84手で相野勝利。宮内氏3連
敗。山崎VS渡辺戦。73手で渡辺玉とん死。
■第5回戦(山崎氏のがんばり1)
15時過ぎ開始。
本田VS宮内戦。宮内氏曰く「B級の意地。駒落ちで負けたくない」の中飛車穴熊で、本田
氏を94手で撃破。
井上VS寺山戦。114手で寺山氏勝利。相野VS山崎戦。大健闘の山崎氏入玉を果たし、
安泰かと思われた瞬間、まさかの2歩で敗退。三宅VS渡辺戦。三宅氏痛い2敗目。なぜか三
宅氏、渡辺に勝てない。これで3連敗だ。
山崎氏、相野氏を相手に大健闘し、入玉を果たすが痛恨の2歩で敗退。惜しい試合を落とした。
■第6回戦(山崎氏のがんばり2)
16時過ぎ開始。
本田VS渡辺戦。渡辺優位に進めるが、実力差を見せ付けられ敗退。寺山VS三宅戦。三
宅氏勝利。井上VS相野戦。72手で相野勝利。井上棋神また負ける。
宮内VS山崎戦。宮内氏の入玉をめぐって190手の大勝負の末、宮内氏勝利。
山崎氏、相野戦に引き続き大健闘したが、無念の敗退。
■最終第7回戦(三宅氏優勝。井上棋神全敗)
17時過ぎ開始。
この時点で、三宅、相野、寺山、本田の四氏が4勝2敗でトップに並んでいる。A級・B級上
位者は過酷な駒落ち条件でもやっぱり強いのだ。相野・本田戦があるため3敗以上は挑戦
権外。三者によるプレーオフの可能性もある。
井上VS山崎戦。山崎勝利。寺山VS渡辺戦。渡辺勝利。宮内VS三宅戦。三宅氏勝利。
本田VS相野戦。141手で本田勝利。
最終結果
1位 三宅 5−2 ○●○○●○○(挑戦者)
2位 本田 5−2 ●○○○●○○(挑戦者決定プレーオフ辞退)
3位 渡辺 4−3 ●○○●○●○
4位 相野 4−3 ○●●○○○●
5位 寺山 4−3 ○○○●○●●
6位 山崎 3−4 ●○●○●●○
7位 宮内 3−4 ○●●●○○●(ブービー)
8位 井上 0−7 ●●●●●●●
駒落ち戦の結果(上手から見た結果)
角落ち(A:B) 3勝2敗
角落ち(C1:C2) 1勝0敗
2枚落ち(A・B:C1) 4勝2敗
4枚落ち(A・B:C2) 2勝4敗
競馬ゲーム結果
3−7(三宅−本田)31.5倍。的中は三宅氏の1票のみ。
三宅氏は挑戦権獲得とゲーム的中の両手に花。
(2)緊急役員会召集
挑戦者決定リーグ特別参加の井上棋神の全敗が決まった時、「リーグ戦で一回も勝てない
人がタイトルマッチに出るのはおかしい」の声が上がった。
また「特別参加の棋神が全勝優勝ならタイトル戦なしで即防衛、という規則なのだから、
逆に全敗ならタイトル剥奪が筋ではないか」との声も。
急遽、棋神戦運営役員による緊急役員会が召集された。
緊急役員会(宮内氏・相野氏)の結論は以下の通り。
1.今期のタイトルマッチは現棋神(井上)と挑戦者決定リーグ優勝者(三宅)により行う。
2・次期棋神戦より次の規則を付加して運営する。
「挑戦者決定リーグに参加した棋神が全敗の場合、棋神タイトルを剥奪し、
挑戦者決定リーグの1位2位により、棋神戦一番勝負を実施する。
この一番勝負はタイトル獲得料・対局料とも通常の棋神戦一番勝負と同額とする」
(3)棋神戦1番勝負
棋 神 井上芳雄(先)
挑戦者 三宅芳久(後)
新棋神誕生の予想が大勢を占めるなか棋神戦1番勝負は開始された。
渡辺の振駒で井上棋神の先手。持ち時間は各30分。
18時03分対局開始。
三宅氏はリーグ戦で井上氏に勝利しているためか、余裕の表情で「飛車を振ろうかな?!」。
後の無い井上棋神の初手は▲7六歩。対する三宅氏は△3四歩。その後、順調に駒組みが進み、
先手向かい飛車VS後手3間飛車の今プロで流行している相振り飛車となった。
駒組みがほぼ固まった瞬間、井上棋神が8筋・7筋から攻撃開始。後手7筋の歩が無くなった
状態で攻撃中断。この機を見て三宅氏3筋を攻撃開始。十字飛車炸裂かと思われた瞬間、
香車での王手飛車に気づく。しかし、やはりこの手しかないと、銀、飛車交換に甘んじた。
気落ちしたのか、このあと良いところなく井上棋神の前に敗れた。時に18時49分。
井上棋神奇跡の勝利で2連覇達成。
(第十三期棋神戦レポート 完)
------2012/11/18掲載----------------------------------------
<My Best Battle>
もう一度会いたい
宮内 章良
昭和の終わりか平成の初めだったと思います。当社の文体行事「第2回囲碁将棋大会」での一局は、とても勝てそうにない難敵を倒した将棋として今でも強く印象に残っています。
大会は事業部対抗のトーナメント形式で各事業部3人の団体戦で行われます。私は特定システム事業部から出場。当時の棋力はもう少しで初段、といったところでしょう。定跡無視のケンカ将棋です。あと2人のメンバーは私より大駒1枚弱いので、チームとして勝ち上がることは最初からあきらめていました(これは第1回大会の時も同じでした)。
トーナメント1回戦の相手は前回優勝の官庁事業部。結果を言うと、彼らはこの大会も優勝しています。
■prologue
私と当たった青年は優勝した官庁事業部のリーダーでエースでした。『最後まで慎重にナ』とか『序盤で時間を使うな』とかメンバーに指示しています。なに流というのでしょう。まず王を中央に据え、次に金、次に銀と左右にピシピシと作法通り(?)に駒を並べて行きます。見るからに強そうです。応援の女の子から『四段ヨ...』といったささやきも聞こえてきます。
■opening
ウンザリです。こういうレベルの違う相手とは指したくない。彼は研究もしているだろうし、今が一番強い時期だろう。私の太刀打ちできる相手ではありません。
でも、しかたなく指し始めた。勝てっこないけど。
直後。「アレッ」と思う間に相手から角交換。「ナニッ、ナニッ」と言ってる間に、これも相手から飛車交換。彼はきっと、一気にひねりつぶしてやる、といった気持ちなのでしょう。
序盤スグ、両者の駒台に飛車角が乗ったのです。
■middlegame
待ってました!
思いもかけぬ展開に私は内心小躍りしました。対局前、もしこの相手に万にひとつ勝てるとしたら、駒損せずに超乱戦に持込めた場合だけだ、と思っていたからです。その局面が今目の前にあります。
この将棋、もう、勉強とか研究は役に立たなくなっています。感性・感覚の勝負です。だったら、私は彼に負けない。
手順も局面も記憶にありませんが、私の放った▲1六角(この手だけ覚えている)が攻防手で、決定打だったようです。
『いい手ですね』
対局中の彼の言葉を10年以上たった今でもハッキリ覚えています。
■endgame
官庁の他の2人は勝った、という知らせは既に届いています。私の方は、勝勢だがなかなかトドメが刺せません。実はこの将棋、ホントの勝負は終盤ではなかったか、と今思います。幸運もあったのでしょう。自陣を振り返らないメチャ攻めが、それでも何とか1手早く相手を追いつめることができたのです。
『チームとしては勝だな』とか言いながら彼は投了。もし、この将棋が1-1の決戦だったら、彼はもっと粘っていたかも知れない。
ともあれ、最強の相手に勝ったのだ。私の顔は上気していたと思う。
■epilogue
彼はたぶん、これまでほとんどの将棋に勝って来たのだろう。だが、格下の者を相手にする一回勝負の怖さを、この将棋で学んだだろう。
彼の顔も忘れてしまった。名前も、今どこにいるかも分からない。この3年、将棋部で相野氏・井上氏といった強い連中にもまれて確実にウデを上げた私は、もう一回彼と対局してみたいと思っているのだが。
(平成15年2月23日 記)